(番外編)偏波の基礎

こんにちは。Kumaです。
この記事では偏波の基礎を説明します。
この内容はあとあと、これまで書いてきたパウリ行列のお話とリンクしますので
紹介したかったのです。

偏波とはなにか

世の中の波動には縦波と横波が存在します。

  • 縦波

媒質の振動方向が波動の進行方向と一致する(平行である)もの。

媒質の振動方向が波動の進行方向と直交するもの。*1

例えば音波は縦波であり、電磁波は横波です。*2

電磁波を考えましょう。横波だということは、波動の進行方向をz軸方向としたときに
媒質の振動はx方向とy方向があるということです。
これをx方向の成分とy方向の成分をもつベクトル eで表しましょう。


e =
\begin{pmatrix}
 e_{x} \\
 e_{y}
\end{pmatrix}

波動というのは媒質の振動がz方向に”伝わっていく”現象ですから、一般に観測地点と観測時刻の関数です。
いま、観測地点は固定しましょう。そして時間変化は正弦波的であると仮定します。*3
すなわち、

e =
\begin{pmatrix}
 e_{x}sin(\omega t + \delta_x) \\
 e_{y}sin(\omega t + \delta_y)
\end{pmatrix}
とします。
いま、 tを変化させたときに
ベクトル eの軌跡を考えることができます。これは何らかの曲線だろうと思われます。
この曲線を波動ベクトル e偏波状態といいます。

図でイメージすると、以下のような感じです。
偏光 - Wikipedia

f:id:phymath1991:20181208183317p:plain
偏波のイメージ。wikipediaより

z軸方向から眺めたときの”かたち”と表現する人もいますが、その意味は明らかですね。

偏波の分類

偏波とは、つまるところtで媒介変数表示された


e =
\begin{pmatrix}
 e_{x}sin(\omega t + \delta_x) \\
 e_{y}sin(\omega t + \delta_y)
\end{pmatrix}

の軌跡でした。軌跡は”振幅”である e_{x},e_{y}の相対関係と”位相”である \delta_{x},\delta_{y}の相対関係で決まります。
たとえば簡単な例として位相差がない場合は \delta_{x} = \delta_{y}です。
この場合、 \delta_{x,y}は軌跡においてただの初期位相なので無視しましょう。

e =
\begin{pmatrix}
 e_{x}sin(\omega t)\\
 e_{y}sin(\omega t)
\end{pmatrix}
=sin(\omega t)
\begin{pmatrix}
 e_{x}\\
 e_{y}
\end{pmatrix}
これは

e =
\begin{pmatrix}
 e_{x} \\
 e_{y}
\end{pmatrix}
方向の線分に沿って振動しているだけです。このようなものを直線偏光といいます。

f:id:phymath1991:20181208185231p:plain
直線偏光
線分の方向は e_{x},e_{y}の比に依存します。

次に e_{x},e_{y}の比が1で逆に位相が90度違うものを考えてみましょう。sinのかわりにcosにすればよいです。

e = 
\begin{pmatrix}
 e_{x}cos(\omega t) \\
 e_{x}sin(\omega t)
\end{pmatrix}

これは円の方程式ですね。
f:id:phymath1991:20181208190056p:plain
このようなものを円偏光といいます。
時計回りと反時計回りが作れます。

さて、一般の偏光の軌跡はどんなものになりそうでしょうか?
少し考えてみるとわかりますが、一般には楕円を描きます。
f:id:phymath1991:20181208183317p:plain

desmosでシミュレータを作ってみました。
sとRを変えるといろいろな軌跡ができます。しかしそのいずれも楕円(と円、直線)にしかならないことがわかりますね。
www.desmos.com

話はこれで終わらない。

偏光とはベクトルの軌跡でした。さて、この軌跡はベクトル e【一対一に】対応しているでしょうか。
一見、対応していそうに思えます。
しかし、それは正しくないのです。

直線偏光に対応するようなベクトル eは実は2つあるのです。


e_{1} =
\begin{pmatrix}
 e_{x} \\
 e_{y}
\end{pmatrix}
sin(\omega t)



e_{2} =
\begin{pmatrix}
 -e_{x} \\
 -e_{y}
\end{pmatrix}
sin(\omega t)

です。これらはベクトルの軌跡の”初期位置”が違うだけで、描く軌跡だけをみると区別できません。
一方で、 e_{x}かe_{y} の片方だけにマイナスをつけたものは、描く直線が異なるのでこれとは区別できます。
つまり直線偏光は、ベクトルと偏光が【2対1で】対応するのです。

一般の偏光に対してはどうでしょうか?このような”縮退したペア”は存在するでしょうか?

難しくなってきました。
今回はここまでにしましょう!

*1:電磁波の場合、”媒質”という用語は本来は適切ではないかもしれません。

*2:電磁波が横波であることはMaxwell方程式から確認できます

*3:これは波動がFourier展開できる限り一般性を失いません

射影演算子のパウリ行列展開における特殊な性質

こんにちは。Kumaです。
この記事では射影演算子のパウリ行列展開における特殊な性質を紹介します。
ざっくりいうと、パウリ行列で複素数ベクトルを実数のベクトルに埋め込んだとき、
もともとの複素数ベクトルの持っていた性質がどのように”遺伝”するかを与えます。

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

これは以前の記事で証明しています。
electrodynamics.hatenablog.com

射影演算子のパウリ行列展開

天下り的ですが、いま二成分の複素ベクトル \psi


\psi =
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}

に対して


\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

は射影演算子というのでした。射影演算子はエルミート演算子なので、パウリ行列展開が可能です。


\psi \otimes \psi = \frac{1}{2} ( \psi_{0}I + \psi_{1}\sigma_{1} + \psi_{2}\sigma_{2} + \psi_{3}\sigma_{3} )
ここで  \psi_{0}, \psi_{1}, \psi_{2}, \psi_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 \psi_{0} = trace(I \psi \otimes \psi), \psi_{1} = trace(\sigma_{1} \psi \otimes \psi), \psi_{2} = trace(\sigma_{2} \psi \otimes \psi), \psi_{3} = trace(\sigma_{3} \psi \otimes \psi)

複素ベクトル \psiのノルムの遺伝

複素ベクトル \psiのノルム(の二乗) |\psi|^{2}は、パウリ行列展開の世界では次のように”遺伝”しています。
 trace(\psi \otimes \psi ) = |\psi|^{2}
これは \psi \otimes \psi の成分表示から明らかです。
すなわち、複素ベクトル \psiが規格化されていることを要請することと trace(\psi \otimes \psi ) = 1 を要請することが同じになっています。
さらに、パウリ行列展開の式においてパウリ行列たちのトレースは0だったので、この式は
 \psi_{0}=1 とも同じ意味です。
つまり、規格化された \psiだけで成り立つ世界を考える場合は \psiがなんであっても常に \psi_{0} = 1 になるということです。

以降では規格化された \psiだけを考えるとします。*1
すると、自由度は \psi_{1,2,3}だけということになります。
ここから実数ベクトルを
 \vec{\psi} 
 :=
\begin{pmatrix}
 \psi_{1} \\
 \psi_{2} \\
 \psi_{3}
\end{pmatrix}
と定義します。

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以降では複素ベクトルと実数ベクトルの関係を調べてみましょう。

複素ベクトル \psiのグローバル位相無視の遺伝

さらに

\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

ですから、 \psi e^{j\theta} \psi に変えたとしても同じ \psi \otimes \psi が得られます。
つまり複素ベクトル \psiから射影演算子 \psi \otimes \psi を作ると、 \psiのグローバル位相が e^{j\theta}消えてしまいます。
 \psiの自由度はグローバル位相を無視した場合、1つ減っています。射影演算子 \psi \otimes \psi、ひいては \vec{\psi} の自由度も、一般の3成分実数ベクトルよりも1つ減っているはずです。
実際、 \vec{\psi}について次の式が成立します。

 |\psi|^{2} = \vec{\psi} \cdot \vec{\psi} = |\vec{\psi}|^{2}

左辺は複素ベクトルのノルム、右辺はそのパウリ行列展開したときの係数からなる実数ベクトルのノルムであることに注意してください。
いま、 \psiは規格化されていて左辺は1ですから、 |\vec{\psi}|^{2} = 1 が成り立ちます。つまり
 \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 です。
これが複素ベクトル \psiのグローバル位相無視の遺伝となっています。
射影演算子という特殊なエルミート演算子がもつもう1つの特徴です。

まとめ


\psi \otimes \psi = \frac{1}{2} ( \psi_{0}I + \psi_{1}\sigma_{1} + \psi_{2}\sigma_{2} + \psi_{3}\sigma_{3} )
ここで  \psi_{0}, \psi_{1}, \psi_{2}, \psi_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 \psi_{0} = trace(I \psi \otimes \psi), \psi_{1} = trace(\sigma_{1} \psi \otimes \psi), \psi_{2} = trace(\sigma_{2} \psi \otimes \psi), \psi_{3} = trace(\sigma_{3} \psi \otimes \psi)

さらに規格化された \psiだけで成り立つ世界を考える場合は

  • (ノルムの遺伝)

 \psiがなんであっても常に \psi_{0} = 1 です。そのため、自由度として \psi_{0}は無視できます。

  • (グローバル位相無視の遺伝)

規格化された複素ベクトル \psiだけで成り立つ世界を考える場合は対応する実数ベクトルについて \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 です。


なんと、実数ベクトルの次元が四から二次元まで落ちてきましたね。*2

続きはまた。

それでは!!

*1:この制約は光の偏波空間を考える場合は自然な制約です。それはあとの記事で。

*2:偏波空間をご存知のかたは、これが無損失かつ完全偏光のStokesベクトル空間が球面に対応する証明になっていると気づかれるでしょう

射影演算子のパウリ行列展開

こんにちは。Kumaです。
この記事では射影演算子のパウリ行列展開を紹介します。
ざっくりいうと、複素数ベクトルを実数のベクトルに埋め込む方法になっています。

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

これは以前の記事で証明しています。
electrodynamics.hatenablog.com

複素ベクトル同士の内積外積

天下り的ですが、いま二成分の複素ベクトル2つ \psi, \phiを考えます。


\psi =
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}


\phi =
\begin{pmatrix}
 \gamma \\
 \delta
\end{pmatrix}


さらに、「内積」を定義します。(片方に複素共役 \starを取る以外はふつうのベクトルの内積ですね)
ふたつのベクトルから複素数1つを作り出します。


\psi \cdot \phi


=

\begin{pmatrix}
 \alpha^{\star} & \beta^{\star} 
\end{pmatrix}

\begin{pmatrix}
 \gamma \\
 \delta
\end{pmatrix}

=

 \alpha^{\star} \gamma +  \beta^{\star} \delta

更に「外積」というものを定義します。
ふたつのベクトルから行列1つを作り出します。



\psi \otimes \phi


=

\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta 
\end{pmatrix}

\begin{pmatrix}
 \gamma^{\star} & \delta^{\star}
\end{pmatrix}

=


\begin{pmatrix}
 \alpha \gamma^{\star} & \alpha \delta^{\star} \\
 \beta \gamma^{\star} & \beta \delta^{\star}

\end{pmatrix}

同じベクトル同士の内積をとったとき、それをその複素ベクトルのノルム(の二乗)といいます。


\psi \cdot \psi

=

 \alpha^{\star} \alpha +  \beta^{\star} \beta

=|\alpha|^{2} + |\beta|^{2}

同様に、同じベクトル同士の外積をとったとき、それをその複素ベクトル方向への射影演算子といいます。
(特に、ノルムが1のベクトル同士の場合にいいます)


\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

なぜ同じベクトル同士の外積を射影演算子と呼ぶのでしょうか?確かに行列はベクトルに作用する”演算子”ですが・・・
この理由は読者の練習問題ということで。。

射影演算子はエルミート行列である

射影演算子は、なんとエルミート行列になっています。

  • 対角要素は実数である
  • 非対角要素は共役転置で移り合う

ことから明らかです。

すなわち、射影演算子のパウリ行列展開が可能です!

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さて、射影演算子\psi \otimes \psi
をパウリ行列展開したときの実数の係数、すなわち座標成分 h
もとの複素ベクトル \psi の成分とどんな関係にあるでしょうか?

どうやら、Kumaはこの方法で「複素数をパウリ行列という変換器を使って実数の世界で眺めたら、何が起きるのか」
を知りたいようですね。
続きはまた。

それでは!!

エルミート行列のパウリ行列展開とその座標成分(2)

こんにちは。Kumaです。
この記事はエルミート行列のパウリ行列展開とその座標成分(1)の続きです。
electrodynamics.hatenablog.com

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

本当か?と思うので計算して確かめてみましょう!

証明

------------------
まずtraceの中身 IH,\sigma_{1}H, \sigma_{2}H, \sigma_{3}H を計算する。
 IH = H


\sigma_{1}H =
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
a & b \\
 -c &  -d 
\end{pmatrix}


\sigma_{2}H =
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
c & d \\
a &  b 
\end{pmatrix}


\sigma_{3}H =
\begin{pmatrix}
0 & -i \\
i & 0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
 -ic & -id \\
ia &  ib 
\end{pmatrix}

次にtraceを取ります。
 h_{0} = trace(IH) = a+d, h_{1} = trace(\sigma_{1}H) = a-d, h_{2} = trace(\sigma_{2}H) = c+b, h_{3} = trace(\sigma_{3}H) = i(b-c)
よって
 \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} ) =
 \begin{pmatrix}
a & b \\
c & d 
\end{pmatrix}
となり、確かに行列 H に一致します。
-----------------------------------------------

まとめ


H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
という分解公式が成り立ちます。

おまけの性質

この表式  
H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
をもう少し掘ってみましょう。
両辺のtraceを考えます。
 \sigma たちはトレースゼロという性質を持ち、かつtraceは線形演算でtrace(A+B)=trace(A)+trace(B)ですから
 trace(H) = \frac{1}{2}h_{0}trace(I) =h_{0}
が成り立ちます。 Hのトレースはすべて h_{0} が担っています。つまり Hはトレースのある部分とない部分に分割されたわけですね。

さらに成分の公式
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)
も少し掘ってみましょう。
ベクトルの場合、ある正規直交な基底ベクトルに関する成分(係数)を計算するには、そのベクトルとの内積を取れば良いのでした。
今回はまるで行列の積をとってtraceを計算することがベクトルの内積に相当するかのようです。実はこれは正しい類推です。
たとえば、 \sigmaたちは次の意味で”正規直交”になっています。
 trace(\sigma_{i}\sigma_{j}) = \delta_{ij}
ここで  \delta_{ij}クロネッカーのデルタと呼ばれ、i=jのときに1, そうでない時には0を返す関数です。
”ベクトルの内積”が"行列積か~ら~の~trace"にすり替わっていると思うと、たしかにこれはベクトルの世界で言う正規直交系に相当します。
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それでは!!

エルミート行列のパウリ行列展開とその座標成分(1)

こんにちは。Kumaです。
今回はエルミート行列を展開する方法を紹介します。
これはAdvent Calendarの布石になっています。

エルミート行列の定義

エルミート行列とは、NxNの複素数の正方行列Hであって次の性質を満たすものを指します。
 H^{ \dagger } = H
ここで演算子  " \dagger "複素共役 "\star"を取ってから転置をすることを意味します。
(簡単のために N = 2 としましょう。)
すなわち、行列 Hの成分を

H =
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d 
\end{pmatrix}
としたときに、


H^{\dagger} =
\begin{pmatrix}
a^{\star} & c^{\star} \\
b^{\star} & d^{\star} 
\end{pmatrix}
です。

エルミート行列の実数パラメータ表示

2x2の複素行列は 2^{2}個の複素数(同じことですが 2 \times 2^{2} 個の実数)を持ちます。
エルミート行列は、その性質  H^{ \dagger } = H から、以下のように自由度が縛られます。

  • 1.  a = a^{\star} , d = d^{\star} から対角要素 a,  dは実数でなければならない。
  • 2.  b = c^{\star} , c = b^{\star} から、非対角要素 b,  cはどちらか一方を決めるともう片方が決まってしまう。

条件1,により a,  d虚数成分が0と確定するので、 Hを構成する実数の自由度の数は2減ります。
条件2,により,例えば cは指定する必要がないので、 Hを構成する実数の自由度の数は2減ります。
以上により Hを構成する実数の自由度は 2 \times 2^{2} - 2 - 2 = 4 となることがわかります。
どうやら、エルミート行列 Hは4個の実数で表示できそうです。
例えば、

H =
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d 
\end{pmatrix}

=

a
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 0 
\end{pmatrix}

+


(p + qi)
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
0 & 0 
\end{pmatrix}

+


(p + qi)^{\star}
\begin{pmatrix}
0 & 0 \\
1 & 0 
\end{pmatrix}

+


d
\begin{pmatrix}
0 & 0 \\
0 & 1 
\end{pmatrix}

特別なエルミート行列としてパウリ行列

もう少しかっこよく Hを実数で分解する表式があります。そのために
次のような特別なエルミート行列  \sigma_{1},  \sigma_{2},  \sigma_{3} を定義します。


\sigma_{1} =
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -1 
\end{pmatrix}
,
\sigma_{2} =
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0 
\end{pmatrix}
,
\sigma_{3} =
\begin{pmatrix}
0 & -i \\
i & 0 
\end{pmatrix}

こいつらのことをパウリ行列といいます。

 \sigma 達は何が特別なのかというと、(この記事では使いませんが)変な性質を持っています。

  •  \sigma_{1}\sigma_{2} - \sigma_{2}\sigma_{1} =    2i \sigma_{3}

これは添字(1,2,3)をサイクリックに入れ替えても成り立ちます。 \sigma_{1と}\sigma_{2} は行列なので
かける順番によって結果が異なるわけですが、その”差”は相棒の \sigma_{3} に定数倍を除いて一致するらしい。
ちょっと便利さがまだよくわからないですね。

次の性質はもっと直感的にも”便利そう”です。

  •  trace (\sigma_{1}) = trace (\sigma_{2}) = trace (\sigma_{3}) = 0

ここで、 traceというのは行列の対角要素の和を取る演算であり、 trace (H) = a+d です。*1
パウリ行列たちは「トレースがゼロな行列」なんですね。
実は行列は行列を特徴づける”固有値”とよばれるN個の大事な数値を持つのですが、固有値の和は
トレースに一致するという定理があります。トレースがわかると、固有値の和はわかるわけです。*2
パウリ行列たちは2個の固有値をもつが、その和は0である ことがわかりました。

まとめ

  •  H^{ \dagger } = H となるような2x2複素正方行列をエルミート行列といい、実数4つぶんの自由度がある。
  • パウリ行列   \sigma_{1},  \sigma_{2},  \sigma_{3}  という特別なものがあり、これらはトレースゼロである。


次に、 H をトレースがゼロでない行列とトレースがゼロな行列で分解してみたい・・・のですが

長くなってしまったので、続きは別記事にします。


それでは!!

*1:trace が線形な演算であることも重要な性質です

*2:ちなみに行列式 det固有値の積と等しいです。

機械学習とボルテラ級数展開の関係

どうも、Kumaです。

最近、ニューラルネットワーク(以下、NN)に少し触れる機会があります。

そこで少し気づいたことについて紹介します。

NNは(かなり多様な)非線形フィルタを実現できるとされています。

しかし非線形フィルタはこれまでもずっと研究されてきています。
有名なものとしては、ボルテラ級数があります。これは二変数の畳込みフィルタです。すなわち、1変数の畳込みを

 \displaystyle y(n) = \sum_{i} h(i)x(n-i)

とするとき、二次のボルテラ級数とは二次の畳み込みであって

 \displaystyle y(n) = \sum_{i,j} h(i,j)x(n-i)x(n-j)

となります。N次も同様に定義できます。

ボルテラ級数は、次数を増やしていけば、(計算量を別にすれば[1])かなり広い非線形システムを近似できそうです![2]

さて、ボルテラ級数というクラシカルな方法と、NNのような新しい方法は無関係な技術なのでしょうか?
私にはそうは思えません。両者はかなり似た計算をしています。

調べてみたところ、先行研究がありました。
今回の記事の目的はこれを紹介したかったということです。

[計 測 自 動 制 御 学 会 論 文 集 Vol.31,No.9,1408/1415(1995) ] ニ ュニ ラ ル ネ ッ トワ ー ク のVolterra核 推 定 と構 造 同 定 へ の 応 用 横 山 誠・ 多 氣 昌 生 渡 辺 敦・ 高 橋 治 文

www.jstage.jst.go.jp -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
そこで本論 では,ま ずVolterra級 数モデル のパ ラメトリゼー ションか ら出発 し,ANNを 含 んだ非線形モ デルを導入す る.
そ して,本 モデルの特別なモデルが,現在 広 く用 い られ ているANNを 含 んだモデルの特 別 な場合 に相当す ることを示 す.
つ ぎに,本 モデルのANN中のパ ラメータ とVolterra核 のパ ラメータの関係 を示す.
し たが って,本 モデル によってシステムを同定 した後,ANN中 パラメータを用いることによって,容 易 に任意 のVolterra核 が算出で き,Volterra級 数 モデル が得 られるこ とが示 される.
す なわち,こ のVolterra級 数モデル を用 いることによって,学 習同定後に同定対象 の動特性 を解 析す る ことが で きる.
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
つまり、NNはボルテラ級数展開の枠組みで捉えられるということになります。

すべての機械学習モデルがこの方法で書けるのかどうかは分かりません。
(たぶんそんなに簡単ではないと信じている)
また、ボルテラで書ければ全てが「わかった」と思えるわけでもありません。

ただ、工学で使われている技術が何らかの言葉でgeneralizeできるというときに、私はとてもワクワクするのでした。

それでは。

[1] Kumaの理解では、これは畳みこみの一種ですので、Fourier変換して積に落とし込むとより高速に計算できますが。

[2]しかし、一般に未知の非線形システムに対して「何次まで用意すれば十分な精度が出るのか」は既知でないことがほとんどです。 非線形性が強くない領域では摂動法も有用ですが、やはり何次まで取ればいいのかはケースバイケースです。

Adventカレンダーについて

ブログの方ではご無沙汰です。Kumaです。

今年も日曜数学アドベントカレンダーが始まります。

12月に毎日数学のブログ記事等をupしていくイベントです。(担当は日替わり)

adventar.org

僭越ながらKumaも12/16に記事を掲載する予定です。
内容は考え中なのですが、いつものスタンスで
「誰もが必ず(ほぼ毎日)お世話になっている工学であって、かつその体系的な理論=数学があまり整理されていないと(Kumaには)思われるもの」を取り上げます。
Spinorの話を書こうかと思っています。
ただし具体的な計算だけを紹介します。(行列がわかれば大丈夫な内容にします)

前振りだけしておくと、Spinorとはものすごくざっくりいうと

スカラー:0階のテンソル
ベクトル:1階のテンソル
行列[1]:2階のテンソル 

としたときに、1/2階のテンソルっぽいものです。この意味で ベクトルの平方根 ともいわれます。不思議ですね。たぶん相当変なやつなのでしょう。
(ここでは テンソル が何かには深入りしません。)

 

この「相当変なやつ」に「我々が毎日お世話になっている」なんて本当でしょうか??

どこから出てくるのか、それを読者のみなさまにご紹介できればと思います。

                                                                                                                                   
[1]単なる数値の表ではなくて、特定の座標系に依存しないように”座標系とともに変わる”ということを課す必要があります。