射影演算子のパウリ行列展開における特殊な性質

こんにちは。Kumaです。
この記事では射影演算子のパウリ行列展開における特殊な性質を紹介します。
ざっくりいうと、パウリ行列で複素数ベクトルを実数のベクトルに埋め込んだとき、
もともとの複素数ベクトルの持っていた性質がどのように”遺伝”するかを与えます。

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

これは以前の記事で証明しています。
electrodynamics.hatenablog.com

射影演算子のパウリ行列展開

天下り的ですが、いま二成分の複素ベクトル \psi


\psi =
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}

に対して


\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

は射影演算子というのでした。射影演算子はエルミート演算子なので、パウリ行列展開が可能です。


\psi \otimes \psi = \frac{1}{2} ( \psi_{0}I + \psi_{1}\sigma_{1} + \psi_{2}\sigma_{2} + \psi_{3}\sigma_{3} )
ここで  \psi_{0}, \psi_{1}, \psi_{2}, \psi_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 \psi_{0} = trace(I \psi \otimes \psi), \psi_{1} = trace(\sigma_{1} \psi \otimes \psi), \psi_{2} = trace(\sigma_{2} \psi \otimes \psi), \psi_{3} = trace(\sigma_{3} \psi \otimes \psi)

複素ベクトル \psiのノルムの遺伝

複素ベクトル \psiのノルム(の二乗) |\psi|^{2}は、パウリ行列展開の世界では次のように”遺伝”しています。
 trace(\psi \otimes \psi ) = |\psi|^{2}
これは \psi \otimes \psi の成分表示から明らかです。
すなわち、複素ベクトル \psiが規格化されていることを要請することと trace(\psi \otimes \psi ) = 1 を要請することが同じになっています。
さらに、パウリ行列展開の式においてパウリ行列たちのトレースは0だったので、この式は
 \psi_{0}=1 とも同じ意味です。
つまり、規格化された \psiだけで成り立つ世界を考える場合は \psiがなんであっても常に \psi_{0} = 1 になるということです。

以降では規格化された \psiだけを考えるとします。*1
すると、自由度は \psi_{1,2,3}だけということになります。
ここから実数ベクトルを
 \vec{\psi} 
 :=
\begin{pmatrix}
 \psi_{1} \\
 \psi_{2} \\
 \psi_{3}
\end{pmatrix}
と定義します。

f:id:phymath1991:20181208181911p:plain


以降では複素ベクトルと実数ベクトルの関係を調べてみましょう。

複素ベクトル \psiのグローバル位相無視の遺伝

さらに

\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

ですから、 \psi e^{j\theta} \psi に変えたとしても同じ \psi \otimes \psi が得られます。
つまり複素ベクトル \psiから射影演算子 \psi \otimes \psi を作ると、 \psiのグローバル位相が e^{j\theta}消えてしまいます。
 \psiの自由度はグローバル位相を無視した場合、1つ減っています。射影演算子 \psi \otimes \psi、ひいては \vec{\psi} の自由度も、一般の3成分実数ベクトルよりも1つ減っているはずです。
実際、 \vec{\psi}について次の式が成立します。

 |\psi|^{2} = \vec{\psi} \cdot \vec{\psi} = |\vec{\psi}|^{2}

左辺は複素ベクトルのノルム、右辺はそのパウリ行列展開したときの係数からなる実数ベクトルのノルムであることに注意してください。
いま、 \psiは規格化されていて左辺は1ですから、 |\vec{\psi}|^{2} = 1 が成り立ちます。つまり
 \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 です。
これが複素ベクトル \psiのグローバル位相無視の遺伝となっています。
射影演算子という特殊なエルミート演算子がもつもう1つの特徴です。

まとめ


\psi \otimes \psi = \frac{1}{2} ( \psi_{0}I + \psi_{1}\sigma_{1} + \psi_{2}\sigma_{2} + \psi_{3}\sigma_{3} )
ここで  \psi_{0}, \psi_{1}, \psi_{2}, \psi_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 \psi_{0} = trace(I \psi \otimes \psi), \psi_{1} = trace(\sigma_{1} \psi \otimes \psi), \psi_{2} = trace(\sigma_{2} \psi \otimes \psi), \psi_{3} = trace(\sigma_{3} \psi \otimes \psi)

さらに規格化された \psiだけで成り立つ世界を考える場合は

  • (ノルムの遺伝)

 \psiがなんであっても常に \psi_{0} = 1 です。そのため、自由度として \psi_{0}は無視できます。

  • (グローバル位相無視の遺伝)

規格化された複素ベクトル \psiだけで成り立つ世界を考える場合は対応する実数ベクトルについて \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 です。


なんと、実数ベクトルの次元が四から二次元まで落ちてきましたね。*2

続きはまた。

それでは!!

*1:この制約は光の偏波空間を考える場合は自然な制約です。それはあとの記事で。

*2:偏波空間をご存知のかたは、これが無損失かつ完全偏光のStokesベクトル空間が球面に対応する証明になっていると気づかれるでしょう