量子計算理論(森前 著) の演習問題を解く part4

こんにちは。Kumaです。

最近、量子コンピュータについて勉強しています。
今回は有名な以下の本の演習問題について、解答が載っていないので一部書いてみたいとおもいます。
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量子計算理論 量子コンピュータの原理 | 森北出版株式会社

今回はpp.35- です。

pp.35.1 {X,Y,Z,I}ゲート演算の性質


ゲート演算  X, Y, Z, Iについて
1.

 \begin{eqnarray*}
&1.1& X^{2} = Y^{2} = Z^{2} = I \\
&1.2& XY = -YX = iZ, YZ = -ZY = iX, ZX = -XZ = iY
 \end{eqnarray*}
を示せ。
2.  X, Y, Zについて固有値および固有ベクトルを求めよ。
3.  n量子ビットパウリ演算子 Sを次式で定義する。

S \equiv \alpha \otimes_{j=1}^{n} P_{j}, \alpha \in \{ 1, -1, i, -i \}, P_{j} \in \{ I, X, Y, Z \}
このとき Sは掛け算について群をなすことを示せ.
ただし X, Y, Zは以下で定義されている.

X \equiv
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{pmatrix}
,
Y \equiv
\begin{pmatrix}
0 & -i \\
i & 0
\end{pmatrix}
,
Z \equiv
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -1
\end{pmatrix}

I \equiv
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{pmatrix}
さらに

 X = |1 \rangle \langle 0| +  |0 \rangle \langle 1| \\
 Y = i|1 \rangle \langle 0| -  i|0 \rangle \langle 1| \\
 Z = |0 \rangle \langle 0| -  |1 \rangle \langle 1|  \\
 I = |0 \rangle \langle 0| +  |1 \rangle \langle 1|
を満たす。(この式は成分計算で示せる)

  • 解答

1.1,1.2は行列の成分計算で示せる。(簡単なので流石に省略)
2 を示す。
例えばXについては固有値方程式  \lambda ^{2} - Tr(X)\lambda + det(X) = 0 を解くと固有値 \lambdaが得られる。
 \lambda = 1, -1が得られる。
固有ベクトルは各 \lambdaについて存在する。
 \lambda = 1については

X
\begin{pmatrix}
a \\
b
\end{pmatrix}

=

1
\begin{pmatrix}
a \\
b
\end{pmatrix}
を解けば良い。
a = bを得るので、固有ベクトル v_{1}

v_{1}
=
c
\begin{pmatrix}
1 \\
1
\end{pmatrix}

=

c ( |0 \rangle + |1 \rangle )
 c \in \mathbb{C}
である。

同様に、

 v_{-1}
 =
 c
 \begin{pmatrix}
 1 \\
 -1
\end{pmatrix}

 =
 c ( |0 \rangle - |1 \rangle )
 c \in \mathbb{C}

 Y, Zについても同様に計算する。
 Yについて、

v_{1}
=
c
\begin{pmatrix}
1 \\
i
\end{pmatrix}


v_{-1}
=
c
\begin{pmatrix}
1 \\
 -i
\end{pmatrix}

 Z について、

v_{1}
=
c
\begin{pmatrix}
1 \\
0
\end{pmatrix}


v_{-1}
=
c
\begin{pmatrix}
0 \\
1
\end{pmatrix}

3. について、示す。*1

群であるためには以下を満たす必要がある。
3.1 積について閉じている
3.2 単位元が存在する
3.3 逆元が存在する
3.4 結合法則
これらを確認すれば良いのである。

また、 n量子ビット演算子は1量子ビットテンソル積なので、1量子ビットについて示せば(各量子ビットは独立なのだから)十分である。

3.1
 S = \{ \alpha P |  \alpha \in \{ 1, -1, i, -i\}, P \in \{ X, Y, Z, I\} \}の中から任意の2つを選んできて積を作ったときに、
それがまた Sの要素であることを示せば良い。
これは1.により明らか。

3.2
単位行列 I単位元である。

3.3
 {X, Y, Z, I} について、これに掛けると単位元単位行列)になるものを見つければ良い。
1.の結果により  XX = I なのだから、 Xの逆元はX自身である。
同様に Y,Z,Iの逆元も自分自身である。

3.4
結合法則は、行列表示が結合法則を持っていることから従う。

以上により群をなしていることが示された。

補足


 \begin{eqnarray*}
&1.1& X^{2} = Y^{2} = Z^{2} = I \\
&1.2& XY = -YX = iZ, YZ = -ZY = iX, ZX = -XZ = iY
 \end{eqnarray*}
は実は極めて重要な性質である。
 \sigma_{1} = X, \sigma_{2} = Y, \sigma_{3} = Z
とおく。行列のカッコ積[ , ]を [A, B] \equiv AB -BA で(非可換性として)定義する。上記の性質は
 [\sigma_{i}, \sigma_{j}] = i \epsilon_{ijk} \sigma_{k}
と表現できる。ここで \epsilon_{ijk}はエディントンのイプシロンあるいはレビチビタの記号と呼ばれる。
エディントンのイプシロン - Wikipedia

カッコ積が入っていて、かつこのような性質を満たす \sigmaたちから成る代数はリー代数と呼ばれる。
パウリ行列 - Wikipedia
リー代数 - Wikipedia

リー代数については過去記事でも紹介しています。

他のリー代数については、例えばベクトルの外積があります。
三次元ベクトルからなる集合に、カッコ積をベクトルの外積として定義します。
(基底ベクトルを \vec{e_{1}} ,\vec{e_{2}}, \vec{e_{3}}とします。)
 [ \vec{e_{i}},  \vec{e_{j}} ]  \equiv \vec{e_{i}} \times \vec{e_{j}}
すると、 \vec{e_{1}} \times \vec{e_{2}} = \vec{e_{3}}などベクトルの外積の性質から
  [ \vec{e_{i}},  \vec{e_{j}} ] = \epsilon_{ijk} \vec{e_{k}}
と書けます。
外積に隠れていたリー代数が見つかりました!

今回はここまで。

*1:そもそも本書では、ここの”掛け算”の定義が示されていない点は不十分と思う。(掛け算 は行列表現における行列積で定義されているのである) また、”群”の説明がない点も不親切である。