量子計算理論(森前 著) の演習問題を解く part1

こんにちは。Kumaです。

最近、量子コンピュータについて勉強しています。
今回は有名な以下の本の演習問題について、解答が載っていないので一部書いてみたいとおもいます。
f:id:phymath1991:20181224165540p:plain
量子計算理論 量子コンピュータの原理 | 森北出版株式会社

二章はチューリングマシンから始まりますが、あまり詳しくないのでpp.15- (古典的確率状態)から書いていきます。

pp.15.1 Xゲートの確認


X =
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{pmatrix}
としたときに、 X | 0 \rangle = | 1 \rangle および  X | 1 \rangle = | 0 \rangle を示せ。

  • 解答

行列演算で示す。

 | 0 \rangle
 =
\begin{pmatrix}
1 \\
0
\end{pmatrix}
および

 | 1 \rangle
 =
\begin{pmatrix}
0 \\
1
\end{pmatrix}

なので

 X | 0 \rangle

=

 \begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
 \end{pmatrix}

 \begin{pmatrix}
1 \\
0
 \end{pmatrix}

=

 \begin{pmatrix}
0 \\
1
 \end{pmatrix}

=

 | 1 \rangle

と示される。同様に


 X | 1 \rangle

=

 \begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
 \end{pmatrix}

 \begin{pmatrix}
0 \\
1
 \end{pmatrix}

=

 \begin{pmatrix}
1 \\
0
 \end{pmatrix}

=

 | 0 \rangle

pp.16.1 トフォリゲートの確認

トフォリゲートを「三量子ビットに作用する演算であって、第一および第二量子ビットが1のときに限り第三量子ビットを反転させるもの」とする。即ち
 T = ( I \otimes I - |11\rangle \langle 11| ) \otimes I + |11 \rangle \langle 11| \otimes X
ただし Iは恒等演算子であって  I = | 0 \rangle  \langle 0 | +  | 1 \rangle  \langle 1 | である。
また加算記号 \oplusはmod 2 の加算である。
このとき、任意の a,b,c \in {0,1}に対して T |a,b,c \rangle = |a,b,c \oplus ab \rangle を示せ。

  • 解答

確認しながらやっていく。まずは
 Iは恒等演算子であって  I = | 0 \rangle  \langle 0 | +  | 1 \rangle  \langle 1 | である。”
を理解しよう。
 I | 0 \rangle = | 0 \rangle かつ  I | 1 \rangle = | 1 \rangle であれば納得できそうである。これを示そう。
 I | 0 \rangle =(| 0 \rangle  \langle 0 | +  | 1 \rangle  \langle 1 | ) | 0 \rangle = | 0 \rangle  \langle 0 |  0 \rangle + | 1 \rangle  \langle 1 |  0 \rangle
ここで、 \langle 0 |  0 \rangle = 1 , \langle 1 |  1 \rangle = 1, \langle 0 |  1 \rangle = \langle 1 |  0 \rangle = 0 を思い出そう。(直交性)
すると
 I | 0 \rangle = 1 *  | 0 \rangle + 0* | 1 \rangle =  | 0 \rangle となり示された。
同様にして  I | 1 \rangle = 0 *  | 0 \rangle + 1* | 1 \rangle =  | 1 \rangle も示せるので、 Iがたしかに恒等写像になっていることがわかった。
*1

次にトフォリゲートを理解しよう。
" T = ( I \otimes I - |11\rangle \langle 11| ) \otimes I + |11 \rangle \langle 11| \otimes X
というゲートが「三量子ビットに作用する演算であって、第一も第二量子ビットも1のときに限り第三量子ビットを反転させるもの」といえることを確認する。"

具体的にみて納得しよう。例えば T|0 0 0 \rangle = |0 0 0 \rangle,  T|0 1 0 \rangle = |0 1 1 \rangle などを確認したい。*2
初めに T|0 0 0 \rangle = |0 0 0 \rangle を確認する。
 T|0 0 0 \rangle \\

=

 ( I \otimes I - |11\rangle \langle 11| ) \otimes I + |11 \rangle \langle 11| \otimes X|0 0 0 \rangle \\

=

 ( I \otimes I  \otimes I |)0 0 0 \rangle - (|11\rangle \langle 11| \otimes I |)0 0 0 \rangle +  (|11 \rangle \langle 11| \otimes X|)0 0 0 \rangle \\

ここで、出てきた  |11\rangle \langle 11| \otimes I という演算子がちょっと難しいので解説する。
まず、テンソル \otimes の左右で独立と思って良い。つまりこの場合はテンソル積の左 |11\rangle \langle 11| と右 I でわけて考える。
テンソル積の左は第一量子ビットと第二量子ビットで作られる空間 例えば |0_{q_{1}} 0_{q_{2}} \rangle に対して作用する二量子ビット演算子である。
テンソル積の右は、第三量子ビットだけで作られる空間  例えば |0_{q_{3}} \rangle に対して作用する一量子ビット演算子である。
つまり  |11\rangle \langle 11| \otimes I |0 0 0 \rangle は、 |11\rangle \langle 11| 0_{q_{1}} 0_{q_{2}} \rangle = 0*| 11 \rangle = 0 *3かつ  I |0_{q_{3}} \rangle  = | 0 \rangle より
 |11\rangle \langle 11| \otimes I |0 0 0 \rangle = 0 となる。
*4
よって
 T|0 0 0 \rangle \\

=


 ( I \otimes I  \otimes I |)0 0 0 \rangle - (|11\rangle \langle 11| \otimes I |)0 0 0 \rangle +  (|11 \rangle \langle 11| \otimes X|)0 0 0 \rangle \\

=

 |000 \rangle - 0 + 0 \\

=

 |0 0 0 \rangle



全く同様にして他の入力に対する演算も確かめられる。
例えば、
 T|1 1 0 \rangle \\

=


 ( I \otimes I  \otimes I |)1 1 0 \rangle - (|11\rangle \langle 11| \otimes I |)1 1 0 \rangle +  (|11 \rangle \langle 11| \otimes X|)1 1 0 \rangle \\

=

 |110 \rangle - |110 \rangle + |111 \rangle \\

=

 |1 1 1 \rangle

 T|1 0 0 \rangle \\

=


 ( I \otimes I  \otimes I |)1 0 0 \rangle - (|11\rangle \langle 11| \otimes I |)1 0 0 \rangle +  (|11 \rangle \langle 11| \otimes X|)1 0 0 \rangle \\

=

 |100 \rangle - 0 + 0 \\

=

 |100 \rangle

確かに入力の第一量子ビットも第二量子ビットも1,つまり |1 1 * \rangle のときだけ第三量子ビットが反転しそうである。
これを納得できれば*5、題意は簡単に示せる。
まず a=b=1のとき、ab = 1 であり、 aかbのいずれかが0のときは ab = 0 である]
そしてあるbit  cに対して1とmod 2加算( c \oplus 1)を行うと、bitは反転する( \bar{c})。0であればbitは変化しない。
そのため、明らかに
"任意の a,b,c \in {0,1}に対して T |a,b,c \rangle = |a,b,c \oplus ab \rangle " を満たす事(トフォリゲートの別表現)がわかる。

今回はここまで。

*1:これは |0\rangle 方向成分と |1\rangle 方向成分に分解してから足し合わせる という(つまり何もしない)演算をしていることになる。

*2:ここで、トフォリゲートは第一量子ビットと第二量子ビットに対しては何も操作しない。これらのビットは第三ビットへの演算を決めるだけの役割なので、トフォリゲートにおける制御ビットあるいはコントロールビットと呼ばれる。

*3:直交性を使った

*4:テンソル積の左側の演算は直交性より0となるので、右側の演算に関係なく状態が0(消滅)となる。 0 と |0 \rangle の違いに注意しよう

*5:8通り全部試せばよいが、ここでは紙面の都合上やらない

光の偏波とパウリ行列の関係

この記事は日曜数学アドベントカレンダーの12/16ぶんです。
adventar.org


こんにちは。Kumaです。
この記事ではいよいよ「光の偏波」と「パウリ行列」の関係をみます。

光の偏波を記述するためのフレームとして
射影演算子とパウリ行列がとても自然であることを示します。

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

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エルミート演算子のパウリ行列展開
これは以前の記事で証明しています。
electrodynamics.hatenablog.com

他方、二成分の複素ベクトル \psi


\psi =
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}

に対して


\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}
は射影演算子といいます。
\psi \otimes \psi | \psi >< \psi |と書くこともあります。
射影演算子は明らかにエルミート行列なので、パウリ行列展開が可能です。

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射影演算子の展開

射影演算子のパウリ行列展開の係数(”成分”)の性質

さらに射影演算子のパウリ行列展開における係数(”成分”)である実数 \psi_{0,1,2,3}を考えます。
ここで \psiのノルム |\alpha|^{2}+|\beta|^{2}=1であるとします。すると \psi_{0} = 1 \psiによらず成り立つ*1ので
 \psi_{0}は定数です。自由度ではないので無視しましょう。
結局、射影演算子を考えることでノルム1の2成分複素ベクトル \psi は 実数のベクトル
 \vec{\psi}
=

\begin{pmatrix}
 \psi_{1} \\
 \psi_{2} \\
 \psi_{3} \\
\end{pmatrix}
に対応しました。
さらにこれらは独立ではありません。
それを確認するために、成分表示を定義から求めてみると

 \psi_{1} = |\alpha|^{2} - |\beta|^{2} \\
 \psi_{2} = \alpha^{\star}\beta + \beta^{ \star}\alpha = 2Re[\alpha \beta^{\star} ] \\
 \psi_{3} = -j(\alpha^{\star}\beta -\beta^{ \star}\alpha) = -2Im[\alpha \beta^{\star} ] \\
となります。上記からも
 \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 という関係式を満たすことがわかります。
すなわち、  \vec{\psi} は三次元空間における半径1の球面と1:1に対応します。

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射影演算子の”座標成分”の球面表示

複素ベクトルのユニタリ変換

二成分複素ベクトルに戻って、 \psiのユニタリ変換を考えてみましょう。
ユニタリ変換とは、内積を保つ変換です。2つのベクトルの成す角度を変えないような変換であり、直感的には”回転”と思えます。
これは \vec{\psi}の世界ではどのように表現されるでしょうか。
ユニタリ変換は行列でかけます。一般には複素行列ですが簡単のために実数のものを取ってきましょう。
”回転”というイメージからもわかるように、次のものはユニタリ変換の一種です。

 U(\theta) =

\begin{pmatrix}
 cos\theta & -sin\theta \\
 sin\theta & cos\theta
\end{pmatrix}

これを \psiに作用させると、

 \psi^{\prime}
=
 U(\theta) \psi
=
\begin{pmatrix}
 \alpha cos\theta  -\beta sin\theta \\
 \alpha sin\theta + \beta cos\theta
\end{pmatrix}

となります。射影演算子の成分表示を求めると

 \psi_{1}^{\prime} = (|\alpha|^{2}-|\beta|^{2})cos2\theta -2Re[\alpha \beta^{\star}]sin2\theta \\
 \psi_{2}^{\prime} = (|\alpha|^{2}-|\beta|^{2})sin2\theta +2Re[\alpha \beta^{\star}]cos2\theta \\
 \psi_{3}^{\prime} = -2Im[\alpha \beta^{\star}]
となります。ここで倍角の公式を使っています。
これはよくみると、

\begin{pmatrix}
 \psi_{1}^{\prime} \\
 \psi_{2}^{\prime} \\
 \psi_{3}^{\prime} \\
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
 cos2\theta & -sin2\theta & 0 \\
 sin2\theta & cos2\theta & 0 \\
 0 & 0 & 1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
 \psi_{1}\\
 \psi_{2} \\
 \psi_{3}\\
\end{pmatrix}
とかけます。

R_{z}(2\theta)
=
\begin{pmatrix}
 cos2\theta & -sin2\theta & 0 \\
 sin2\theta & cos2\theta & 0 \\
 0 & 0 & 1
\end{pmatrix}
は三次元幾何においてz軸まわりの回転操作に相当します。
すなわち

 \psi^{\prime}
=
 U(\theta) \psi
という変換を考えたときに対応する \vec{\psi}

 \vec{\psi}^{\prime}
=
 R_{z}(2\theta) \vec{\psi}
と移されます。

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複素ベクトルと実数ベクトルの対応
f:id:phymath1991:20181209214949p:plain:w500

奇妙なことが起こっている

実数ベクトルの世界では回転が2倍になってみえているようでした。
すると、実数ベクトルの世界で一周、すなわち 2\pi回転したときに複素ベクトルの世界では \piしか回転していないわけです。
つまりある1つの実数ベクトルに対応する複素ベクトルは2つ存在することになります。
( \psi U(\pi) \psi が同じ実数ベクトル  \vec{\psi} を与えるという意味です。)

このような2:1の回転の関係にあるようなものをスピノール(Spin-or)といいます。
名前の由来は後で説明します。

こんなへんてこな対応を持っている世界を考えてなにかいいことがあるのでしょうか・・・

光の偏波との関係

その”へんてこな対応の世界”を実際にお見せします。
それこそが光の偏波状態といわれる概念です。
electrodynamics.hatenablog.com
偏光 - Wikipedia

以前の記事では時間依存性を sin(\omega t)で書いていますが、オイラーの公式から e^{j \omega t}と書いても構いません。
すると光のベクトル表現は

e
=
\begin{pmatrix}
 e_{x}e^{j \omega t + \delta_{x}} \\
 e_{y}e^{j \omega t + \delta_{y}}
\end{pmatrix}
とかけます。光の偏波状態とはtを媒介変数とみたときのベクトル eの軌跡(直線、円、楕円)のことでした。
偏波状態に着目するのであれば、振幅 e_{x}, e_{y}の比だけに意味があり、位相 \delta_{x}, \delta_{y}の差だけに意味があります。
(軌跡自体の”大きさ”や”始点”には興味がないからです)
そこで、 e_{x}^{2} + e_{y}^{2} = 1としても一般性を失いません。*2
さらに e^{j \omega t}は省略して書くことにしましょう。
すると、偏波状態は以下の手続きで書けます。
まずノルム1の二成分複素ベクトル eを考えて

e
=
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}
とします。これは光学の分野ではJonesベクトルと呼ばれます。*3
ジョーンズ計算法 - Wikipedia

更に

e^{\dagger}e
:=
\begin{pmatrix}
 \alpha\alpha^{\star} & \alpha\beta^{\star} \\
 \alpha^{\star}\beta & \beta\beta^{\star} 
\end{pmatrix}
という行列を作ります。この行列の嬉しい点は、 eに任意の位相回転を与えても、それが複素共役でキャンセルされて
影響しないことです。すなわち”位相差にだけ着目したい”という偏波状態の要請を自然に満たします。
この行列をウォルフのコヒーレンシー行列といいます。

我々はこれとそっくり同じものを知っています。
そう、コヒーレンシー行列とは光のベクトルからできる射影演算子です!

射影演算子であれば、パウリ行列展開を考えることで実数のベクトルに対応させることができます。
それは、光学の世界ではStokesベクトルと呼ばれています。*4
その定義は

 \vec{S}
:=
\begin{pmatrix}
 S_{1} \\
 S_{2} \\
 S_{3} 
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
 |\alpha|^{2} - |\beta|^{2} \\
 \alpha^{\star}\beta + \beta^{ \star}\alpha\\
 -j(\alpha^{\star}\beta -\beta^{ \star}\alpha)
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
 |\alpha|^{2} - |\beta|^{2} \\
 2Re[\alpha \beta^{\star} ] \\
 -2Im[\alpha \beta^{\star} ] 
\end{pmatrix}

です。
Stokes parameters - Wikipedia
(Representations in fixed bases など)

確かに射影演算子のパウリ行列展開からできる実数ベクトルと全く同じですね!


\vec{\psi}
=
\begin{pmatrix}
 |\alpha|^{2} - |\beta|^{2} \\
2Re[\alpha \beta^{\star} ] \\
 -2Im[\alpha \beta^{\star} ] 
\end{pmatrix}

これが球面と1:1対応することもすでにみました。
この球面は光学の世界ではポアンカレと呼ばれています!

ちなみに  U(\theta)の作用の物理的な意味としては、例えば

  • 光の測定器のほうを \theta 回してから測定する
  • xに対してy方向だけに位相差を与える

に相当します。
後者の操作は異方性を有する物体を通すことで可能です。異方性の物体中ではx方向とy方向で光の速度が異なり、位相差が生まれます。

これで、すべてが繋がってきました。光の偏波状態を書くものとしては光のベクトルそのものを考えるよりも
射影演算子を考えるべきで、それはパウリ行列展開という道具を介して実数のベクトルと球面座標でかけるのです。
これをJonesベクトル、コヒーレンシー行列、Stokesベクトル、ポアンカレ球などと呼ぶわけです。

しかし、複素ベクトル⇔実ベクトル対応は1つ難点があるのでした。それは2:1対応だということです。
つまり、 e U(\pi) eは同じ偏波状態(コヒーレンシー行列)を与え、もちろんStokesベクトルも同じになるのです。
偏波の場合、これは何を意味するのでしょうか?
以下の図をみるとわかります。

f:id:phymath1991:20181209215247p:plain:w500
π回転ぶんの偏波状態の不定

Jonesベクトルが \pi回転すると正負がひっくり返ります。しかしこれは振動の初期位相が \piずれることと同じです。
すなわち、偏波状態としては変わらないのです。(偏波状態は軌跡=曲線のことで、その開始位置はどうでもよいのです)
だから \psi U(\pi) \psi はその偏波状態を考えるときには同一視するべきで、2:1対応が自然になるのです。
逆に、 \pi回転以外は描く直線の角度自体が変わってしまうので偏波状態としても異なります。

なぜスピノールというのか

量子力学をご存知でしょうか。
量子力学では、粒子の状態は複素数で表され、実際に測定できるのはその絶対値のみです。
電子のスピンと呼ばれる状態も考慮したい場合、状態は2成分の複素数に拡張されます。
実際に測定できるのはその絶対値のみであり、かつ確率解釈するためにはそのノルムは1でなければなりません。
そして、絶対値のみを測定できるということは位相回転 e^{j\theta}は物理に影響しない(扱う上で無視したい)ということです。
・・・・なんだか、我々はこれを記述するのに便利そうなものをつい最近みた気がしました。
そう!射影演算子とパウリ行列展開、そしてスピノールです!
詳細はEMANさんのサイトなどを読み進めると参考になるでしょう。
EMANの物理学・物理数学・SU(2)

ピノール(Spin-or)は電子のスピンを記述する言語でもあることから、その名前がついたというわけです。

実数三次元世界で \theta回すと二成分複素ベクトルで表されるスピノールは \frac{\theta}{2}回ります。(これらは射影演算子を介してつながっています)
実数三次元世界でぐるっと一周してきても、スピノールはまだ半周しかしていない。
つまり最初と異なったスピンの状態(正負反転)になっているのです。
しかし量子力学において、我々は絶対値しか測定できないので正負の符号は物理的には区別できないのです!
(1週回ってきてからスピンを測定しても何事も起きていないように見える)
自然はスピノールの存在を”うまいこと隠してきた”に思えます。

なぜいま偏波

偏波とパウリ行列が実は思いの外、相性がいいということがわかりました。
偏波というのは実は我々が意識せずに使っています。いま、この瞬間も。
それは、光通信です。

我々はふだん意識せずに通信回線を使っています。
そのような通信回線は、長距離(数十~数百km)を伝送するために必ず光ファイバを経由しています。*5

そして、現在の光ファイバ通信技術は大きく2つの技術で支えられています。

  • コヒーレント:光の振幅と位相をコントロールして任意の情報を表現させる技術です
  • 偏波多重:直交する偏波2つに異なる情報を載せて伝送する技術です

そう!偏波!ここに偏波が使われているのです!
偏波多重信号を生成したり、それを分離したりするためにはJones表現やStokes表現が必須となっています。
現在でもなおこの応用研究は続いており、例えば情報をStokes空間上に埋め込んで送る方法*6なども出てきています。

まとめ

  • 偏波はいつだってアツイ。
  • 代数の理論から偏波を記述する道具を得た。この方法ならパウリ行列を3つのみならず増やすことでもっと高次元の”偏波”も考えられる!*7

それでは!!
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*1:過去記事参照

*2:これはエネルギーを規格化したことに相当します。更にエネルギー保存系を考える限りは、これはどんな時刻でも満たされていなければなりません

*3:state vector ともいいます

*4:birefringence vectorともいいます

*5:よく「光ファイバってどこで使われているの?」と聞かれます。 光ファイバを経由しない通信は基本的にはないと思って良いです。無線であっても、最終的には集約されて光へ変換され、光ファイバ伝送となります。無線も光も電磁波ですが、この業界では 光 は100THz級の高周波を指す用語です。特に光ファイバでは193THz程度を使います。

*6:実はStokesベクトルは測定が容易という特徴があります。 S_{1}は強度測定器だけで測定可能で、その他の成分については既知かつ実装が容易な座標変換(偏光板)で S_{2} \rightarrow S_{1}のように変換したあとで S_{1}を測れば得られるからです。そこで、安価な通信にとってはJonesベクトルに情報を埋め込むよりも嬉しいのです

*7:このような研究も存在します。その場合、多くの性質はより複雑な等式を満たします。「数学をやっていたら工学もわかっちゃった」、なんて素晴らしいことでしょう!数学やろうぜ!

(番外編)偏波の基礎

こんにちは。Kumaです。
この記事では偏波の基礎を説明します。
この内容はあとあと、これまで書いてきたパウリ行列のお話とリンクしますので
紹介したかったのです。

偏波とはなにか

世の中の波動には縦波と横波が存在します。

  • 縦波

媒質の振動方向が波動の進行方向と一致する(平行である)もの。

媒質の振動方向が波動の進行方向と直交するもの。*1

例えば音波は縦波であり、電磁波は横波です。*2

電磁波を考えましょう。横波だということは、波動の進行方向をz軸方向としたときに
媒質の振動はx方向とy方向があるということです。
これをx方向の成分とy方向の成分をもつベクトル eで表しましょう。


e =
\begin{pmatrix}
 e_{x} \\
 e_{y}
\end{pmatrix}

波動というのは媒質の振動がz方向に”伝わっていく”現象ですから、一般に観測地点と観測時刻の関数です。
いま、観測地点は固定しましょう。そして時間変化は正弦波的であると仮定します。*3
すなわち、

e =
\begin{pmatrix}
 e_{x}sin(\omega t + \delta_x) \\
 e_{y}sin(\omega t + \delta_y)
\end{pmatrix}
とします。
いま、 tを変化させたときに
ベクトル eの軌跡を考えることができます。これは何らかの曲線だろうと思われます。
この曲線を波動ベクトル e偏波状態といいます。

図でイメージすると、以下のような感じです。
偏光 - Wikipedia

f:id:phymath1991:20181208183317p:plain
偏波のイメージ。wikipediaより

z軸方向から眺めたときの”かたち”と表現する人もいますが、その意味は明らかですね。

偏波の分類

偏波とは、つまるところtで媒介変数表示された


e =
\begin{pmatrix}
 e_{x}sin(\omega t + \delta_x) \\
 e_{y}sin(\omega t + \delta_y)
\end{pmatrix}

の軌跡でした。軌跡は”振幅”である e_{x},e_{y}の相対関係と”位相”である \delta_{x},\delta_{y}の相対関係で決まります。
たとえば簡単な例として位相差がない場合は \delta_{x} = \delta_{y}です。
この場合、 \delta_{x,y}は軌跡においてただの初期位相なので無視しましょう。

e =
\begin{pmatrix}
 e_{x}sin(\omega t)\\
 e_{y}sin(\omega t)
\end{pmatrix}
=sin(\omega t)
\begin{pmatrix}
 e_{x}\\
 e_{y}
\end{pmatrix}
これは

e =
\begin{pmatrix}
 e_{x} \\
 e_{y}
\end{pmatrix}
方向の線分に沿って振動しているだけです。このようなものを直線偏光といいます。

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直線偏光
線分の方向は e_{x},e_{y}の比に依存します。

次に e_{x},e_{y}の比が1で逆に位相が90度違うものを考えてみましょう。sinのかわりにcosにすればよいです。

e = 
\begin{pmatrix}
 e_{x}cos(\omega t) \\
 e_{x}sin(\omega t)
\end{pmatrix}

これは円の方程式ですね。
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このようなものを円偏光といいます。
時計回りと反時計回りが作れます。

さて、一般の偏光の軌跡はどんなものになりそうでしょうか?
少し考えてみるとわかりますが、一般には楕円を描きます。
f:id:phymath1991:20181208183317p:plain

desmosでシミュレータを作ってみました。
sとRを変えるといろいろな軌跡ができます。しかしそのいずれも楕円(と円、直線)にしかならないことがわかりますね。
www.desmos.com

話はこれで終わらない。

偏光とはベクトルの軌跡でした。さて、この軌跡はベクトル e【一対一に】対応しているでしょうか。
一見、対応していそうに思えます。
しかし、それは正しくないのです。

直線偏光に対応するようなベクトル eは実は2つあるのです。


e_{1} =
\begin{pmatrix}
 e_{x} \\
 e_{y}
\end{pmatrix}
sin(\omega t)



e_{2} =
\begin{pmatrix}
 -e_{x} \\
 -e_{y}
\end{pmatrix}
sin(\omega t)

です。これらはベクトルの軌跡の”初期位置”が違うだけで、描く軌跡だけをみると区別できません。
一方で、 e_{x}かe_{y} の片方だけにマイナスをつけたものは、描く直線が異なるのでこれとは区別できます。
つまり直線偏光は、ベクトルと偏光が【2対1で】対応するのです。

一般の偏光に対してはどうでしょうか?このような”縮退したペア”は存在するでしょうか?

難しくなってきました。
今回はここまでにしましょう!

*1:電磁波の場合、”媒質”という用語は本来は適切ではないかもしれません。

*2:電磁波が横波であることはMaxwell方程式から確認できます

*3:これは波動がFourier展開できる限り一般性を失いません

射影演算子のパウリ行列展開における特殊な性質

こんにちは。Kumaです。
この記事では射影演算子のパウリ行列展開における特殊な性質を紹介します。
ざっくりいうと、パウリ行列で複素数ベクトルを実数のベクトルに埋め込んだとき、
もともとの複素数ベクトルの持っていた性質がどのように”遺伝”するかを与えます。

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

これは以前の記事で証明しています。
electrodynamics.hatenablog.com

射影演算子のパウリ行列展開

天下り的ですが、いま二成分の複素ベクトル \psi


\psi =
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}

に対して


\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

は射影演算子というのでした。射影演算子はエルミート演算子なので、パウリ行列展開が可能です。


\psi \otimes \psi = \frac{1}{2} ( \psi_{0}I + \psi_{1}\sigma_{1} + \psi_{2}\sigma_{2} + \psi_{3}\sigma_{3} )
ここで  \psi_{0}, \psi_{1}, \psi_{2}, \psi_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 \psi_{0} = trace(I \psi \otimes \psi), \psi_{1} = trace(\sigma_{1} \psi \otimes \psi), \psi_{2} = trace(\sigma_{2} \psi \otimes \psi), \psi_{3} = trace(\sigma_{3} \psi \otimes \psi)

複素ベクトル \psiのノルムの遺伝

複素ベクトル \psiのノルム(の二乗) |\psi|^{2}は、パウリ行列展開の世界では次のように”遺伝”しています。
 trace(\psi \otimes \psi ) = |\psi|^{2}
これは \psi \otimes \psi の成分表示から明らかです。
すなわち、複素ベクトル \psiが規格化されていることを要請することと trace(\psi \otimes \psi ) = 1 を要請することが同じになっています。
さらに、パウリ行列展開の式においてパウリ行列たちのトレースは0だったので、この式は
 \psi_{0}=1 とも同じ意味です。
つまり、規格化された \psiだけで成り立つ世界を考える場合は \psiがなんであっても常に \psi_{0} = 1 になるということです。

以降では規格化された \psiだけを考えるとします。*1
すると、自由度は \psi_{1,2,3}だけということになります。
ここから実数ベクトルを
 \vec{\psi} 
 :=
\begin{pmatrix}
 \psi_{1} \\
 \psi_{2} \\
 \psi_{3}
\end{pmatrix}
と定義します。

f:id:phymath1991:20181208181911p:plain


以降では複素ベクトルと実数ベクトルの関係を調べてみましょう。

複素ベクトル \psiのグローバル位相無視の遺伝

さらに

\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

ですから、 \psi e^{j\theta} \psi に変えたとしても同じ \psi \otimes \psi が得られます。
つまり複素ベクトル \psiから射影演算子 \psi \otimes \psi を作ると、 \psiのグローバル位相が e^{j\theta}消えてしまいます。
 \psiの自由度はグローバル位相を無視した場合、1つ減っています。射影演算子 \psi \otimes \psi、ひいては \vec{\psi} の自由度も、一般の3成分実数ベクトルよりも1つ減っているはずです。
実際、 \vec{\psi}について次の式が成立します。

 |\psi|^{2} = \vec{\psi} \cdot \vec{\psi} = |\vec{\psi}|^{2}

左辺は複素ベクトルのノルム、右辺はそのパウリ行列展開したときの係数からなる実数ベクトルのノルムであることに注意してください。
いま、 \psiは規格化されていて左辺は1ですから、 |\vec{\psi}|^{2} = 1 が成り立ちます。つまり
 \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 です。
これが複素ベクトル \psiのグローバル位相無視の遺伝となっています。
射影演算子という特殊なエルミート演算子がもつもう1つの特徴です。

まとめ


\psi \otimes \psi = \frac{1}{2} ( \psi_{0}I + \psi_{1}\sigma_{1} + \psi_{2}\sigma_{2} + \psi_{3}\sigma_{3} )
ここで  \psi_{0}, \psi_{1}, \psi_{2}, \psi_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 \psi_{0} = trace(I \psi \otimes \psi), \psi_{1} = trace(\sigma_{1} \psi \otimes \psi), \psi_{2} = trace(\sigma_{2} \psi \otimes \psi), \psi_{3} = trace(\sigma_{3} \psi \otimes \psi)

さらに規格化された \psiだけで成り立つ世界を考える場合は

  • (ノルムの遺伝)

 \psiがなんであっても常に \psi_{0} = 1 です。そのため、自由度として \psi_{0}は無視できます。

  • (グローバル位相無視の遺伝)

規格化された複素ベクトル \psiだけで成り立つ世界を考える場合は対応する実数ベクトルについて \psi_{1}^{2}+\psi_{2}^{2}+\psi_{3}^{2} = 1 です。


なんと、実数ベクトルの次元が四から二次元まで落ちてきましたね。*2

続きはまた。

それでは!!

*1:この制約は光の偏波空間を考える場合は自然な制約です。それはあとの記事で。

*2:偏波空間をご存知のかたは、これが無損失かつ完全偏光のStokesベクトル空間が球面に対応する証明になっていると気づかれるでしょう

射影演算子のパウリ行列展開

こんにちは。Kumaです。
この記事では射影演算子のパウリ行列展開を紹介します。
ざっくりいうと、複素数ベクトルを実数のベクトルに埋め込む方法になっています。

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

これは以前の記事で証明しています。
electrodynamics.hatenablog.com

複素ベクトル同士の内積外積

天下り的ですが、いま二成分の複素ベクトル2つ \psi, \phiを考えます。


\psi =
\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta
\end{pmatrix}


\phi =
\begin{pmatrix}
 \gamma \\
 \delta
\end{pmatrix}


さらに、「内積」を定義します。(片方に複素共役 \starを取る以外はふつうのベクトルの内積ですね)
ふたつのベクトルから複素数1つを作り出します。


\psi \cdot \phi


=

\begin{pmatrix}
 \alpha^{\star} & \beta^{\star} 
\end{pmatrix}

\begin{pmatrix}
 \gamma \\
 \delta
\end{pmatrix}

=

 \alpha^{\star} \gamma +  \beta^{\star} \delta

更に「外積」というものを定義します。
ふたつのベクトルから行列1つを作り出します。



\psi \otimes \phi


=

\begin{pmatrix}
 \alpha \\
 \beta 
\end{pmatrix}

\begin{pmatrix}
 \gamma^{\star} & \delta^{\star}
\end{pmatrix}

=


\begin{pmatrix}
 \alpha \gamma^{\star} & \alpha \delta^{\star} \\
 \beta \gamma^{\star} & \beta \delta^{\star}

\end{pmatrix}

同じベクトル同士の内積をとったとき、それをその複素ベクトルのノルム(の二乗)といいます。


\psi \cdot \psi

=

 \alpha^{\star} \alpha +  \beta^{\star} \beta

=|\alpha|^{2} + |\beta|^{2}

同様に、同じベクトル同士の外積をとったとき、それをその複素ベクトル方向への射影演算子といいます。
(特に、ノルムが1のベクトル同士の場合にいいます)


\psi \otimes \psi

=

\begin{pmatrix}
 \alpha \alpha^{\star} & \alpha \beta^{\star} \\
 \beta \alpha^{\star} & \beta \beta^{\star}

\end{pmatrix}

なぜ同じベクトル同士の外積を射影演算子と呼ぶのでしょうか?確かに行列はベクトルに作用する”演算子”ですが・・・
この理由は読者の練習問題ということで。。

射影演算子はエルミート行列である

射影演算子は、なんとエルミート行列になっています。

  • 対角要素は実数である
  • 非対角要素は共役転置で移り合う

ことから明らかです。

すなわち、射影演算子のパウリ行列展開が可能です!

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さて、射影演算子\psi \otimes \psi
をパウリ行列展開したときの実数の係数、すなわち座標成分 h
もとの複素ベクトル \psi の成分とどんな関係にあるでしょうか?

どうやら、Kumaはこの方法で「複素数をパウリ行列という変換器を使って実数の世界で眺めたら、何が起きるのか」
を知りたいようですね。
続きはまた。

それでは!!

エルミート行列のパウリ行列展開とその座標成分(2)

こんにちは。Kumaです。
この記事はエルミート行列のパウリ行列展開とその座標成分(1)の続きです。
electrodynamics.hatenablog.com

エルミート行列のパウリ行列展開

2x2エルミート行列 Hは、パウリ行列 \sigma_{1}, \sigma_{2}, \sigma_{3}単位行列  I の結合で書くことができます。

H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
ここで  h_{0}, h_{1}, h_{2}, h_{3} すべて実数であって次の式を満たします。
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)

本当か?と思うので計算して確かめてみましょう!

証明

------------------
まずtraceの中身 IH,\sigma_{1}H, \sigma_{2}H, \sigma_{3}H を計算する。
 IH = H


\sigma_{1}H =
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
a & b \\
 -c &  -d 
\end{pmatrix}


\sigma_{2}H =
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
c & d \\
a &  b 
\end{pmatrix}


\sigma_{3}H =
\begin{pmatrix}
0 & -i \\
i & 0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
 -ic & -id \\
ia &  ib 
\end{pmatrix}

次にtraceを取ります。
 h_{0} = trace(IH) = a+d, h_{1} = trace(\sigma_{1}H) = a-d, h_{2} = trace(\sigma_{2}H) = c+b, h_{3} = trace(\sigma_{3}H) = i(b-c)
よって
 \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} ) =
 \begin{pmatrix}
a & b \\
c & d 
\end{pmatrix}
となり、確かに行列 H に一致します。
-----------------------------------------------

まとめ


H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
という分解公式が成り立ちます。

おまけの性質

この表式  
H = \frac{1}{2} ( h_{0}I + h_{1}\sigma_{1} + h_{2}\sigma_{2} + h_{3}\sigma_{3} )
をもう少し掘ってみましょう。
両辺のtraceを考えます。
 \sigma たちはトレースゼロという性質を持ち、かつtraceは線形演算でtrace(A+B)=trace(A)+trace(B)ですから
 trace(H) = \frac{1}{2}h_{0}trace(I) =h_{0}
が成り立ちます。 Hのトレースはすべて h_{0} が担っています。つまり Hはトレースのある部分とない部分に分割されたわけですね。

さらに成分の公式
 h_{0} = trace(IH), h_{1} = trace(\sigma_{1}H), h_{2} = trace(\sigma_{2}H), h_{3} = trace(\sigma_{3}H)
も少し掘ってみましょう。
ベクトルの場合、ある正規直交な基底ベクトルに関する成分(係数)を計算するには、そのベクトルとの内積を取れば良いのでした。
今回はまるで行列の積をとってtraceを計算することがベクトルの内積に相当するかのようです。実はこれは正しい類推です。
たとえば、 \sigmaたちは次の意味で”正規直交”になっています。
 trace(\sigma_{i}\sigma_{j}) = \delta_{ij}
ここで  \delta_{ij}クロネッカーのデルタと呼ばれ、i=jのときに1, そうでない時には0を返す関数です。
”ベクトルの内積”が"行列積か~ら~の~trace"にすり替わっていると思うと、たしかにこれはベクトルの世界で言う正規直交系に相当します。
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それでは!!

エルミート行列のパウリ行列展開とその座標成分(1)

こんにちは。Kumaです。
今回はエルミート行列を展開する方法を紹介します。
これはAdvent Calendarの布石になっています。

エルミート行列の定義

エルミート行列とは、NxNの複素数の正方行列Hであって次の性質を満たすものを指します。
 H^{ \dagger } = H
ここで演算子  " \dagger "複素共役 "\star"を取ってから転置をすることを意味します。
(簡単のために N = 2 としましょう。)
すなわち、行列 Hの成分を

H =
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d 
\end{pmatrix}
としたときに、


H^{\dagger} =
\begin{pmatrix}
a^{\star} & c^{\star} \\
b^{\star} & d^{\star} 
\end{pmatrix}
です。

エルミート行列の実数パラメータ表示

2x2の複素行列は 2^{2}個の複素数(同じことですが 2 \times 2^{2} 個の実数)を持ちます。
エルミート行列は、その性質  H^{ \dagger } = H から、以下のように自由度が縛られます。

  • 1.  a = a^{\star} , d = d^{\star} から対角要素 a,  dは実数でなければならない。
  • 2.  b = c^{\star} , c = b^{\star} から、非対角要素 b,  cはどちらか一方を決めるともう片方が決まってしまう。

条件1,により a,  d虚数成分が0と確定するので、 Hを構成する実数の自由度の数は2減ります。
条件2,により,例えば cは指定する必要がないので、 Hを構成する実数の自由度の数は2減ります。
以上により Hを構成する実数の自由度は 2 \times 2^{2} - 2 - 2 = 4 となることがわかります。
どうやら、エルミート行列 Hは4個の実数で表示できそうです。
例えば、

H =
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d 
\end{pmatrix}

=

a
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 0 
\end{pmatrix}

+


(p + qi)
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
0 & 0 
\end{pmatrix}

+


(p + qi)^{\star}
\begin{pmatrix}
0 & 0 \\
1 & 0 
\end{pmatrix}

+


d
\begin{pmatrix}
0 & 0 \\
0 & 1 
\end{pmatrix}

特別なエルミート行列としてパウリ行列

もう少しかっこよく Hを実数で分解する表式があります。そのために
次のような特別なエルミート行列  \sigma_{1},  \sigma_{2},  \sigma_{3} を定義します。


\sigma_{1} =
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -1 
\end{pmatrix}
,
\sigma_{2} =
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0 
\end{pmatrix}
,
\sigma_{3} =
\begin{pmatrix}
0 & -i \\
i & 0 
\end{pmatrix}

こいつらのことをパウリ行列といいます。

 \sigma 達は何が特別なのかというと、(この記事では使いませんが)変な性質を持っています。

  •  \sigma_{1}\sigma_{2} - \sigma_{2}\sigma_{1} =    2i \sigma_{3}

これは添字(1,2,3)をサイクリックに入れ替えても成り立ちます。 \sigma_{1と}\sigma_{2} は行列なので
かける順番によって結果が異なるわけですが、その”差”は相棒の \sigma_{3} に定数倍を除いて一致するらしい。
ちょっと便利さがまだよくわからないですね。

次の性質はもっと直感的にも”便利そう”です。

  •  trace (\sigma_{1}) = trace (\sigma_{2}) = trace (\sigma_{3}) = 0

ここで、 traceというのは行列の対角要素の和を取る演算であり、 trace (H) = a+d です。*1
パウリ行列たちは「トレースがゼロな行列」なんですね。
実は行列は行列を特徴づける”固有値”とよばれるN個の大事な数値を持つのですが、固有値の和は
トレースに一致するという定理があります。トレースがわかると、固有値の和はわかるわけです。*2
パウリ行列たちは2個の固有値をもつが、その和は0である ことがわかりました。

まとめ

  •  H^{ \dagger } = H となるような2x2複素正方行列をエルミート行列といい、実数4つぶんの自由度がある。
  • パウリ行列   \sigma_{1},  \sigma_{2},  \sigma_{3}  という特別なものがあり、これらはトレースゼロである。


次に、 H をトレースがゼロでない行列とトレースがゼロな行列で分解してみたい・・・のですが

長くなってしまったので、続きは別記事にします。


それでは!!

*1:trace が線形な演算であることも重要な性質です

*2:ちなみに行列式 det固有値の積と等しいです。